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宮崎地方裁判所 昭和23年(行)2号 判決

原告

野間淸孝

被告

宮崎市檍大宮地区農地委員会

被告

宮崎縣農地委員会

被告

宮崎縣知事

主文

(一)  原告の被告宮崎市檍大宮地区農地委員会に対する同委員会が昭和二十二年十一月十八日附宮発発二八二号を以て通知した原告所有の別紙目録記載の土地についてなした買收計画の取消及び被告宮崎縣農地委員会に対する同委員会が、昭和二十三年一月十三日同年縣農地買收に対する訴願第四九号を以て原告が申立てた訴願につきなした却下の裁決の取消の各請求はいづれもこれを棄却する。

(二)  原告の被告宮崎縣知事に対する同知事が昭和二十一年十一月二十九日縣告示第三九五号を以て、宮崎市農地委員会の区域を旧大淀町旧大宮村旧赤江町地区に分割し地区農地委員会を設置した行政処分取消の訴はこれを却下する。

(三)  訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

(一) 被告宮崎市檍大宮地区農地委員会が昭和二十二年十一月十八日附宮農発第二八三号を以て通知した原告所有の別紙目録記載の土地に対する買收計画はこれを取消す。

(二) 被告宮崎縣農地委員会が昭和二十三年一月十三日同年縣農地買收に対する訴願第四九号を以つて原告が申立てた訴願につき、なした却下の裁決はこれを取消す。

(三) 被告宮崎縣知事が昭和二十一年十一月二十九日縣告示第三九五号を以つてなした宮崎市農地委員会の区域を旧大淀町旧大宮村旧赤江町地区に分割し、各地区農地委員会を設置した行政処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とす。

事実

原告訴訟代理人は、

(一)  請求の趣旨第一、二項について、

被告宮崎市檍大宮地区農地委員会は原告所有の別紙目録記載の土地は、自作農創設特別措置法(以下單に措置法と略稱する)第三條第一項に該当する土地であると認定し、買收計画の目的物件に決定し昭和二十二年十一月十八日宮農発第二八二号を以つてその旨原告に通知した。そこで原告は右買收計画決定に対し同委員会に異議の申立をしたところ、同委員会は同年十二月一日宮農発第三二〇号を以て却下の決定をしたので、原告は更に被告宮崎縣農地委員会に対し訴願の申立をしたが、同委員会もまた理由ないとのことで同二十三年一月十三日訴願却下の裁決をした。しかしてこれら決定及び裁決の要旨は、別紙目録記載の土地は同二十年十一月二十三日現在の事実においてはいづれも小作地であり、買收計画当時において所有者たる原告の住所を管轄する大淀地区農地委員会の区域外である被告檍大宮地区農地委員会の区域内にあるものであるから、原告は措置法第三條第一項第一号に所謂不在地主に該当するというのである。そこで同法第三條第一項第一号、同法附則第二項同法施行令附則第四十三條第四十五條昭和二十二年十一月二十六日法律第二百四十一号による改正後の同法第六條の二及び五、同法附則第二條昭和二十一年一月二十四日農林省農地調査規定第一條第九号、同二十二年一月一日農政第三〇六号農林大臣内訓要項三を審究するときは措置法により農地の買收計画を決定するには、原則として昭和二十年十一月二十三日現在の事実を基準とし、しかもその土地が小作地なりや否の事実とその所有者たる地主が所謂不在地主なりや否の事実は同一の時期によつて決定しなければならないことが明らかである。されば前記決定及び裁決において明記する如く、本件土地が小作地なることを昭和二十年十一月二十三日現在の事実において決定した。以上その地主たる原告が所謂不在地主であるや否も亦右同日現在の事実において決定しなければならない。ところで原告は右同日より現在にいたるまで宮崎市上野町の住所を變更したことはないので、右同日現在においては原告の在所は本件土地と共に同じ宮崎市農地委員会の管轄区域内にあつたものであるかち、原告は右同日現在の事実においては、措置法第三條第一項第一号にいう不在地主ではなく從つて本件買收計画は違法のものといわねばならない。たゞその後昭和二十一年十一月二十九日宮崎縣告示第三九五号により宮崎市農地委員会を大宮大淀赤江の各地区農地委員会に三分した結果、本件土地と原告の住所はこれを管轄する地区農地委員会を異にするに至つたにすぎない。

然るに被告宮崎縣農地委員会は前示裁決において、右同日設置された地区農地委員会は昭和二十年十一月二十三日に遡及するが故にその区域も亦同日現在において実在するものと擬制せらるるべく、又措置法第四十八條は農地調整法第十七條の二と同じく昭和二十一年十月二十日新設された規定であるから、原則として買收計画決定の時期とされる同二十年十一月二十三日当時には地区農地委員会なるものは実在するの理なきも尚同日実在していたものと看做すと解さなければ同法條は結局死文に終るとの見解を有してゐるが、凡そ擬制を用ひまた遡及するとなすが如きは特別の定なき限りこれを許さないのを法律命令はもとより行政処分における通則とするが故に、かゝる特別の規定のない行政処分たる右知事の分区処分に遡及効なくまた擬制の許されざるは明らかであり、若しこれを許すとせば、知事は該処分により措置法第三條第一項第一号の適用範囲を伸強し、嘗て不在地主でなかつた者を后日に至り既往に遡り不在地主となし得ることとなり、これは法律事項を侵すもので、ひいて憲法に定めた法律による財産権の保障に反するものである。また擬制遡及効は一定の時期にあげる現在の事実を基盤として買收要件を決定すべしとする措置法の原則に背くものであり、本來不可分一体たる地区農地委員会とその管轄区域を分けて、委員会の設置せられた以前の日に遡及してその管轄区域のみは実在せりと擬制し、その区域を基準として買收要件を定むるが如きは著しく常識に反する解釈である。しかして措置法第四十八條は同法施行令第四十五條の規定により、農地委員会が昭和二十年十一月二十三日と異る後の時期により買收すべきこととした場合に、地区農地委員会が既に在しておればその区域を基準として買收の要件を定むべしという趣旨で制定された條文であり、かく解せば決して死文に終るような虞はない。かくて被告宮崎縣農地委員会の見解は失当で本件買收計画、異議却下決定及び訴願却下裁決の違法なることは明らかである。

更に本件土地は市街区域内の土地で、宮崎市旭通の繁華街路に沿い住宅街に隣接し附近一帯に人家密集し、道路縦横に走り事実上経濟上その市街地たることは何人も疑はないところであるから、本件買收計画はまた措置法第五條一項第四号に反する違法のものである。

(二)  請求趣旨第三項について

被告宮崎縣知事は農地調整法第十七條の二に基き、宮崎市農地委員会の区域が同法施行令第四十六條第一項に該当するものとして請求趣旨三の如く同農地委員会の区域を三分し地区農地委員会を設置したが、かゝる地区農地委員会の設置は專ら委員会の運営上絶対必要な場合に局限すべく、それが動もすれば不当に所謂不在地主を生ぜしむるため悪用せらるゝことを避けねばならない。かくて右施行令の條項もその場合を(イ)市町村の区域が著しく大なる市町村(ロ)市町村の区域の農地面積が著しく大なる市町村(ハ)その他特別の事情ある市町村の三に限つているが、宮崎市は(イ)面積僅か二方里で縣下椎葉村北川村小林町都城市等の面積にも及ばず、又他府縣市町村の平均面積に対比するも断じて著大な面積ではない(ロ)農地面積においても、小林町都農町都城市川南村等のそれに違く及ばないので決して著大な農地面積といえない(ハ)地理的関係からみても全く平担の地で自然に分別された地勢でなく、而も街路四通八達し交通通信の連絡容易であり、委員会が会合連絡調査し或は管内の実情を把握する上に毫も不便困難を來すことはなく、選出委員の偏在を生ずる虞の如きは全くない。また旧大宮村旧大淀町の併合も既に数年前のことにかゝり今日では経濟上行政上全く單一不可分の状態で融合している。故に農地調整上初域の分別を絶対必要とする特別な事情もない。かくの如く宮崎市は同條項に全く該当しないのにこれを不法に解釈し、以て地区農地委員会を設置した被告宮崎縣知事の行政処分は擬律錯誤の違法あるものというべく原告はかゝる処分の結果前記(一)に記した如く所謂不在地主として本件土地を買收計画の目的物件に指定せられその権利を侵害せられたことは明らかであるからこの行政処分の取消を求むる権利を有するものである。

(以下中略)

即ち日本國憲法の施行に伴ふ民事訴訟の應急的措置に関する法律(以下民事訴訟應急措置法と略稱する)第八條は旧來の列挙主義を棄て廣く行政廳の違法処分の取消変更を求め得ることゝし、その処分の周知方法が告知又は告示によることを問はないので、縣知事の告示によりでなされた行政処分に対してもその取消を求むることができるのであり、しかも原告は昭和二十二年十一月十八日通知をうけた請求趣旨の買收計画決定により、はじめて同二十一年十一月二十九日なされた請求趣旨三の分区処分が違憲でありかつ原告の権利を侵害するものなることを知つたのであるから、本訴の提起は右決定通告の日より起草して六箇月を経過せず、また右告示の日より起草しても未だ三年を経過していないのであるから、いずれにせよ被告のいう出訴期間徒過の問題は生じ得ない。と陳述した。

(証拠略)

理由

大正十三年四月一日旧宮崎町大淀町及び大宮村が合併して宮崎市となり、昭和七年四月二十日檍村を編入し、同十八年四月一日赤江町を合併したこと、從前同市に宮崎市農地委員会が設けられていたが、被告宮崎縣知事が昭和二十一年十一月二十九日縣告示第三九五号を以て右宮崎市農地委員会の区域を宮崎地区(旧大淀町宮崎町の区域)、檍大宮地区(旧檍村大宮村の区域)及び赤江地区(旧赤江町の区域)の三に分け各地区農地委員会を設けたこと、別紙目録記載の土地が原告の所有で昭和二十年十一月二十三日現在において小作地であり、目下被告宮崎市檍大宮地区農地委員会の地区に属すること、同地区農地委員会が、右土地が右の如く小作地で原告の住所を管轄する宮崎地区農地委員会の区域外にあり措置法第三條第一項第一号に該当するものと認定して買收計画の目的物件に指定し同二十二年十一月十八日附宮農発第二八二号を以てその旨原告に通知したこと、そこで原告が右買收計画決定に対し同地区農地委員会に異議の申立をしたところ、同地区農地委員会は同年十二月一日発宮農地第三二〇号を以て却下の決定をなしたこと、原告はこの却下の決定に対し更に被告宮崎縣農地委員会に訴願の申立をしたが、同農地委員会も亦理由なしとして、同二十三年一月十三日訴願却下の裁決をしたことは当事者間爭がない。よつて先づ原告の被告宮崎檍大宮地区農地委員会がした前示本件土地の買收計画、被告宮崎縣農地委員会がした前示訴願却下の裁決に対する各取消の請求について按ずるに、

措置法農地調整法等所謂農地改革に関する一連の法規が終局の目的とするところは、農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることであり、措置法はそのために急速且つ廣汎に自作農を創設せんとし、法定の要件に該当する農地を政府において先づ買收すべきことを定めている。しかして右にいう終局の目的は一面憲法が理想とする経済民主化の要請に應ずるものであり他面公共の福祉に從う所以であるから、自作農創設事業の前提となる農地の買收は憲法の精神に適應するものと謂はねばならない。故に農地調整法が適法な改正手續を経て昭和二十一年十月二十一日公布法律第四十二号(同年勅令第五百五十五号により同年十一月二十二日より施行)の第十七條の二第三項により農地委員会の事務運営を考慮し、市町村の区域を二以上の地区に分ち地区農地委員会を設置し得る旨定めたことが措置法第四十八條の規定と相俟つて、同法第三條第一項第一号に所謂不在地主を増加することとなつても、ために買收せらるべき農地を擴大し農地解放の目的に副うが故にかゝる結果は、叙上憲法の精神に徴し必しも違憲のそしりを受くべきものとは言えない。さて措置法第三條により政府が当然買收するものと法定されてゐる農地につき具体的にその買收計画を樹立するのは市町村農地委員会の事務であるが、これは一應市町村を單位としたものであるから、前記農地調整法の規定により地区農地委員会が設けられたときは措置法第四十八條前段の規定によりその地区内の農地については、地区農地委員会か右計画を樹立することゝなるが、それはその際施行されている措置法の規定に從つてなさるべきことは当然であり、措置法は同條後段においてもこの場合措置法第三條第一項中「市町村の区域」とあるのを「地区農地委員会の設けられている地区」と讀み替えた上農地が同條項に該当するが、從つて買收計画の目的物件になるべきか否を決定すべきものとする。尤も原告のいう如く措置法によれば買收計画を決定するには原則として、昭和二十年十一月二十三日現在の事実によるべきこととしていることが認められるが、ここにいう現在の事実のうちには前叙の趣旨経過によりその後設けらるるに至つた地区農地委員会の地区の如きは、含まれずこれと衝突するものではない。されば前記農地調整法の規定により、昭和二十一年十一月二十九日設けられた被告檍大宮地区農地委員会が前示の如く認定して、本件農地につき決定した買收計画は右の説示に徴し違法不当のものではなく、また原告は本件土地は措置法第五條第一項第四号に定めた都市計画区域内にある土地であるから、前示買收計画は違法であるというが、この点に関する原告の立証は全くないのでこの主張もまた採用しがたい。よつて被告檍大宮地区農地委員会がなした前示買收計画には何等の違法不当もなく、從つてこれを維持せんとする被告宮崎縣農地委員会がなした前示訴願却下の裁決にも違法不当はないからこれらの取消を求むる原告の請求は失当として棄却すべきものといはねばならない。

次に原告の被告宮崎縣知事に対する前示分区竝に地区農地委員会設置の処分に対する取消請求の訴について按ずるに、

民事訴訟法應急措置法の施行された昭和二十二年五月三日当時において、同法第八條所定の訴提起期間を経過していない限り、旧憲法時代になされた行政処分に対しても尚その取消又は変更を求めうるものと解するが、本件において前示処分が昭和二十一年十一月二十九日宮崎縣告示を以てなされたことは前示の如くであり、右告示は農地調整法施行令第四十六條第二項第四十八條により、右処分を一般に周知せしめるために行はれたものと認めうるから、特段の事由の認むべきものなき本件においては、宮崎縣に居住する原告は右告示により右処分のあつたことを知つたものといはねばならず、原告が右告示の日より算数上明かな六箇月以上を経過した同二十三年一月十三日この訴を提起したことは、本件記録上明かであるから原告の訴は前記第八條本文に定めた訴提起期間を從過してなされたものといはねばならない。原告は被告檍大宮地区農地委員会より前示買收計画決定の通知をうけた昭和二十二年十一月十八日にはじめて、右処分が憲法に違反することを知つたのであるから、前記六箇月の期間は右日時より起算せらるべきものであり、然らずとするも原告がこの訴を提起したのは右処分の日より未だ三年を経過しないと主張するが、右第八條本文には当事者が特にその処分の違憲なることを知ると否とにより、その始期を左右されないものと解すべく、また同條但書の規定も訴提起期間の起算をその処分に対する当事者の知不知のみにかからしめては長く行政処分の効力が不確定の状態に放置されることあるを慮つて設けられた補充的の規定で同條本文の適用あるときはもはや適用の余地はないものと解するから、かゝる原告の主張は共に採用しがたい。

よつて原告のこの訴は訴提起期間を経過してなされたものとして却下すべきものといはねばならない。

よつて訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九條を適用して主文の如く判決する。

(目録省略)

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